さらば髪の毛
抗ガン剤治療の副作用の代表格は脱毛。抗ガン剤投与後10日ほどで抜けはじめる。
ニ年前のニ月、エンドキサン、ファルモルビシンという抗ガン剤で乳ガン治療が始まった。
投与後ニ週間たっても髪は抜けなかった。もしかして私だけはこのまま抜けないんじゃないか…少し期待したが次の日からごっそり落ちていった。「抜ける」のではなく「ごっそり落ちる」が正しい。
一年で一番寒いこの時期、髪がごっそり持っていかれるのだ。頭には、残った一割ほどの髪の毛がほわほわっとのっているだけ。
ここは雪国、我が家は隙間だらけの日本家屋で夏は涼しく冬は寒さが厳しい。全ての部屋を暖めることはできない。…とここでの脱毛だ。
病院でもらう抗ガン剤副作用Q&Aパンフの中に、事前に帽子を準備せよとあったので用意していた。
ひとつはネット注文したガン患者用のサイズゆるゆる、内側絹、外側綿素材の蒸れないやつ。
もうひとつはアポピキャップ。抗ガン剤で髪を失った人のために帽子を、提供してるボランティア団体のもの。
手縫いのその帽子は、タオル一枚とアポピの名前をプリントした可愛らしいリボンテープ一本でてきている。メールで申し込むと、色の希望まで叶えて下さり、励ましのメッセージも一緒に届く。
「ありがとうアポピさん、お世話になりました。私は元気です。」
脱毛が落ちついた頃、ウィッグにも目を向けた。髪が抜けた状態でやっとウィッグが試せる。髪がなくなるとひと回りかふた回りは頭が小さくなっているからだ。
私は運良くウィッグを持っている友がいて、サイズもぴったりだったので譲ってもらった。
美容院で私の顔に合うようにカットしてカラーリングもしてもらった。準備万端。
着ければオシャレなおばさんになれたのだが、その後一度もウィッグを着けて出かけることはなかった。
「絶対ガンに負けてはいけない!」
って思っていたけど、その気持ちが変わっていったからだ。
良く気の利く元気なお母さん、明るく社交的な人、アイデアあふれる仕事ができる人、以前の私はこんな風に人から見られたいと思っていた。
この理想と自分との落差が自分を苦しめる。
なりたいと思う姿があるのにそれとは違う私。
あれもこれも足りない私。
まわりの輝いている人を羨む私。
こんな私がある日気づいた。
ガンになって健康も仕事も楽しみも手元からなくなったけれど、今の私にはあふれるほどありがたいものがある。
支えてくれる家族。
困りごとを解決してくれる友。
静かに暮らせる我が家。
ガンを持っていても十分動いてくれる体。
何ひとつ不足しているものはなかった。ガンがあっても大丈夫。
このままの姿、形で良い。
良く見れば頭の形もそう悪くない。なんとなく賢そうにも見えなくもない。
このツルツル頭で私の養生生活が始まった。